プロフィール


まずは、私のことを知っていただければと思いますので少し長いですが自己紹介をさせていただきます。

転職人生で、7社目を経験した40代サラリーマンです。

資格:社会保険労務士、宅建、CCNA、簿記

1990年代に東京の大学を卒業し社会人デビューしました。その遍歴を思い出しながら綴りたいと思います。

1社目(5年)

就職活動は、安易な考えで、楽でカッコイイ仕事がいいと考えながら、有名企業を受験しました。幸い大学名では優遇されるレベルの大学でしたので受験はできましたが、そんな考えでは当然ですが、内定も出ず一部上場のホームセンターに入社し、5年在籍しました。WIN98が登場したころ、インターネット(テレホーダイの時代です)=PCにハマりました。自分でHPを作成し、オフ会にも参加もしましたし、PCの自作などをするようになりました。そしてネット系の企業に転職を画策し、まだ若かったため、YAHOOや楽天などにも選考をしてもらうことが出来ました。そんな転職活動を行ない次に就職する会社(ブラック企業でした)がきまり退社しました。

2社目(1年)

インターネット・音楽関連のブラックな上場会社に1年在籍。顧客のWEB作成をすると言う話だったが、なぜか総務・経理として働き始めるました。いやいやでしたが、この総務経理経験が後に大きく役に立ちました。また初めてのデスクワークで、楽そうなイメージでしたが、大きな間違いであると思い知らされます。1日の拘束時間は朝9時から夜11時位の長時間労働+休日出勤で、もちろんすべてサービス残業でした。以前のホームセンターは残業代も支払われていましたし、休日出勤はありませんでしたので、カルチャーショックを受けました。(今になって思うと、世の中の大半の企業はブラックだと思いますが)。結局この会社は、あまりにも拘束時間がながく、嫌気が差しているところに、支店の統廃合があり、人間関係も険悪になり退社しました。

無職期間①(8ヶ月)

電車の広告で見た、NTTの運営するネットワークエンジニア養成学校に6ヶ月通いました。その結果、ほぼ素人でしたが、CCNAに合格しました。根は真面目で、学ぶことは好きなため、学校の成績は優秀でNTT関連の会社に契約社員として内定しました。しかし、契約社員はやはり不安だという事で辞退をしました。その結果、学校の担当(NTTの社員)にキレられましたが、この学校で得たシステムの知識は、のちのち役に立ちました。

3社目(8か月)

2社目のサービズ残業に懲り、経験を活かせると言う理由で、サービス残業無しを謳う上場ホームセンターに入社しました。入社前に、店長に挨拶に行くと、経歴を見てか、【本当にここでやる気あるの?】見たい事を言われたのをいまでも覚えています。給与はほどほどで、サービス残業もありませんでしたが、人間関係はあまりよくありませんでしたし、小売りは土日、盆も正月も働くので、ほかの人と同じように働きたいと思い転職活動を行い、就職先が決まったため、わずか8か月で退社しました。
※余談ですが、ホームセンターは他の小売と比べても粗利益率が高いため、給与は小売りの中では良いほうだと思います。中堅の証券会社の課長クラスの奥さん(パートさん)が店長と懇意で、店長に給与を聞いたら旦那の給与よりいいと驚いていましたから…

4社目(6か月)

やっぱり資格を活かしたいと、一部上場企業のシステム保守会社の子会社に入社し6ヶ月在籍しました。病院なで使われる数千万円するネットワーク機器やサーバーに触る機会をえましたし、役所にも仕事で、出入りをしました。私のようなクズが言うのも何ですが、公務員は…と思うような出来事を何度も目にしました。衝撃的だったのは、定時前にタイムカード前に座り、定時ちょうどにタイムカードを押し帰っていく方をみて、これが公務員か…と思いました。自分の置かれた現状と比べすごくみじめな気持ちになったのを覚えています。(もちろん真面目にやっている方もたくさん居るかと思いますが、本当に酷かったです。またそれを見つつ、公費を食い物にする大手企業と言う構図が出来上がっていました)
親会社に逆らえないこと(子会社にお勤めの方はよくお分かりかと思います)、ネットワークなどの工事は土日と盆・正月におこなわれ、ますます休めないという事実に気づき、転職先を探しました。そして小売の中で興味があって、暇で楽そうだと思った会社に内定し退職しました。この頃、さすがに、もう自分は社会不適合と思い始めるました。働きながら、副業を模索し、電化製品店などの数量限定商品を朝はやく並んで購入しネット転売などをしていました。※このころは、フロー型・ストック型という言葉も知りませんでしたが、これはフローのビジネスで安定するわけがないですね。
このころに嫁さんは子供を連れて海外に逃亡し、後に離婚しました。

5社目(10年以上)

専門店に入社。年下の高卒店長に使われ、本当に落ちるところまで落ちたなと実感をしました。人生底辺なのに、なぜかプライドだけ高いところが情けなかったです。この会社も長くはいられないなと感じ、本当に人生詰んだと考えれいました。唯一、宅建を学生時代に取得していたため、不動産業界なら転職できるかと言った妄想でした。いっそこのまま楽に死ねたらとも考えていました。今思うと、結局は逃げの姿勢で仕事をしていたから仕方ないと思いますが、当時は真剣に、早く人生おわらないかな、なんであと30年も働かないとだめなんだろうと途方にくれていました。

でも、結果的には、この会社が一番長く続く在籍した会社になり、キャリアも積むことができました。何があったかと言うと…。

たまたま、本部の役員(創業メンバー)が巡回にきており、何故か私に話しかけ面談をされました。そしてあれよあれよと言う間に、本社に配属されます。後で分かりましたが、この役員は巡回に来る予定ではなかったが、急遽変更で来ることになり、事前資料で、私に総務経験(2社目)がありシステムに強い(学校・2社目・4社目)のを履歴書を見て知り、話かけたそうです。私だったら転職回数も多いし、入社間もないただのスタッフには興味をも持ちませんが、そんな私に声がかかるということは、よほど人材不足だったのだと思います。
※いまでもこの方とは懇意で役員を退任された今も年に何回か、奥様と一緒に食事にいったりする関係です。この会社が私の人生のターニングポイントであったのは間違いありません。

給与は30代の前半で手取り16万円くらいでした(笑)。退職時には役職も付き同年代の一般のサラリーマン程度給与となりましたが…でも、それは結果でしかありませんでした。安い給与でもがんばれたのは、新興企業のいわゆるサービス業のスタッフには優秀な社員がおらず(これは本当にありがたかったのですが)そのため、総務経理の経験が若干あり、さらにシステムに強いということで、はじめて会社に【居場所】を見つけることができたことです。働き始めて、初めて自分の企画したことを実行することが出来るということにやりがいを感じました。つまり、働くことがすごく楽しかったのです。遊んでいるような感じでしたので、残業・休日出勤も進んでしました(もちろんサービスです)。大卒の新卒採用(毎年100名程度)や、人事給与システムの入替え、人事制度改定など人事系の仕事を主に担当し途中で、働きながら社会保険労務士も1回で合格しましたし、社会人大学院にも2年間通いました。社労士合格後、給与を担当するようになり、ここで給与実務を学びました。しかし、給与はルーティンワークで面白みがなく、十分経験したと思い、転属願いを出し、経営企画系の部署に内示もいただいていました。ある程度の地位もあり、有休も使える風土で、一生働こうと思っていました。

そんなときに事件が起きます。
詳しいことは書けませんが、最終的には、合理的な考えが出来ないシステムと(私が思うだけかもしれませんが)何も企画しないただの予算担当なのに偉そうな経営企画とモメて(将来こいつと同僚になりたくないと言う思いもありました)、嫌気がさしもっと優秀な人と働きたいと思い転職活動をしました。そして、分不相応なオファーを受けることに成功しました。

6社目(1年6か月)

なんと。。。投資ファンドに転職しました。海外MBA取得者、国内のメガバンク出身者、外資系証券会社、コンサル出身者などが集う、エリート集団でした。なぜ私が…。と思いましたが入社して直ぐにわかります。直属の上司がパワハラ上司だったのです。後に分るのですが前任者の2名は、半年足らずでメンタルをやられ退職しており、その壮絶なメールを発見し私が病むという負の連鎖でした(笑)。
スタッフではなくある程度実務が出来、マネジメントもできる社員をということで私が入社しましたが、試用期間2ヶ月目でもう無理だと思いました。事務方の課長職ということで、会社の中では事務の給与は低い給与体系でしたが、それでも初めて1千万円を超えました。それだけは少しうれしかったです。もちろん、それにはそれ相応の犠牲がありました。上司からは土日関係なく、夜2時や朝5時にメールが来ます。非常に優秀な国立大学を出ておられ、とてつもなく頭のいい上司でした。その上司からロジカルに延々とダメ出しをされ、反論しようものなら、コテンパにやられどもうだるまさん状態です。手も足も出ず、仕事をやろうという気にもなりません。何をしても怒られるから、なにをするにも恐怖でしかない状況でした。前職で10年間以上自由にやってきた身から、一転し、首根っこを掴まれて強制的に仕事をさせられるそんな感じでした。それでも、前任者よりも長く記録を作ることを目標に何とか頑張りました。お陰で、ほとんど飲めなかったお酒が欠かせなくなり、最初のころはビールからでしたが、最終的にはウイスキーになりました。そして、ある事件を境に出社できなくなり退職しました。

2回めの無職期間(3か月)

パワハラと激務から、途中からメンタル通院していました。そのため退職し、少し休んでから仕事を探そうと考えました。今思い返しても、この無職機関は地獄のような日々でした。あまり貯金もなく、休もうと思いながら、ゆっくり休んで好きなことなどと考えることはできず、とりあえずお金を稼がないとと思いはじめます。以前からやっていた株式やFXを専業でやってみたら儲かるかもと甘い考えであっというまに300万ほどを(恥ずかしい話全財産の半額です)溶かしてしまいます。その結果、なんでも良いから就職せねばという思いが強くなり焦りばかりまします。しかし、条件が合う会社が見つかりません。給与計算業務の募集は多いものの、魅力は感じず、また給与担当の給与水準はやはりそれほど高いわけでもないので、受験はしませんでした。待遇よりも、以前の様にのめり込める仕事がしたいと考え、IPOを目指す会社で経営者の近くで働きたいという思いが強く、IPOを目指す会社を何社か受験しますがなかなか決まりません。まず、転職回数が多すぎてNGです。そして、面接をしていただいても、優秀な人達と働いたお陰で、弁が立つようになっており、面接官と話しても、面接官受けを狙わず持論を展開していました。(持論が通じない会社では働いても無駄だとおもっていたので)その結果、反感を買うパターンと、お世辞だとは思いますが、優秀と認めて頂いた上で、他の候補者の方が希望する給与的には妥当でした等といって断られるパターンも何件かありました。1社ファンド系の会社からは、面接一回だけで破格の条件がでましたが、以前の経験がトラウマとなり辞退しました。

7社目 (現職)

現職でなんとか働き一年近くになります。IPOを控えた外食産業です。給与は半分にはなりませんが、半分近くになってしまいました。就職して早くお金を稼がないと焦って入ってしまいました。最初は、ずさんな管理体制で、改善することだらけで、楽しかったのですが、今は、一緒に働く同僚のレベルが低すぎて逆にストレスになりつつあります。(例1:経理からの依頼で、データ加工をもらい加工しようとしたら、エクセルに日付データが【文字列】で入力されていた。システムからの掃き出しでなく本人が作ったデータです。例2:社員コードを各申請書に書くよう提案したところ、だれも自分の社員コードを知らないと反対された)

入社の決め手は一つ、社長の面接があったことです。しかし、入社後店舗スタッフの採用も社長は最終面接をしており、特別でもなんでもないもないのですが、私が勝手に自分だけ特別と思い込み入社をしたことになります。それでも、人材不足なのか、入社後直ぐに、50億程度の予算作成をエクセルが出来るという理由だけで担当しました。(笑)

そして、ここでブログを始めるきっかけとなる【持論=仮説】を確信します。

① 中小企業 ・ 新興企業は

【驚くほど非合理的な仕事をしている】

たとえば、システム(人事や給与、会計等)にCSV取り込みすれば 加工も含め1時間で済む作業を、丸一日掛けて、手入力で行なっていました。そりゃあ、長時間労働になるわ…と唖然としました。EXCELL関数で言えば、IF関数でさえ使える人はいない事実に、本当に驚愕しカルチャーショックを受けました。

私は人事畑が長かったのですが、数千人規模でデータを管理すると、最低限VLOOKUPは必須で、パートさんにも教えていましたしSUMIFS、MATCH、INDEX、TEXT、DATEDIF、SUBSTITUTEなどはよく使っていました。

② 小売りや外食産業にブラックで、それ故

【まともな人材がいない】 ※優秀な人材なんか集まらない

これは、①の事実から、その通りだと思います。

③ さらに、総務・経理の専門的と言われる事務職は、知識があるので、自分をできると思い込んでおり、合理化する思考回路はなく

【電子申請をしたがらない】

現職でも前職でもそうですが、私が電子申請を導入しましたが、大体反対されます。それは、担当は窓口に行き、時間を潰したいと考えているのだと思います。そして、給与事務はある程度の専門知識が必要なため、それが既得権のようになってしまっています。

最後に

【このブログを開設した目標】は

①給与計算のノウハウをオープン化することで、どうでもいいような既得権を無くし、もっと生産性の高い働き方を実現することです。

②給与計算業務に配属された初心者に、もっと合理的な考え方で仕事に携わっていただくため。

③給与計算を、アウトソーシングし比例費とすることは、社内に人材を抱える必要もなく、会社拡大による人員増の必要もなく、担当の退職にも耐えるため合理的な判断だと、世の中に周知したいため。

ちなみに、現職では、アルバイト2000名、社員300名をほぼ一人の社員で回すことが出来ています。(入社が毎月100名、退社毎月100名程度で、人事データ、給与データの作成、社会保険業務も含みです)

給与計算に携わる方は、いまの状況に甘んじていると、そのうち職を失うかもしれないと危機感を持って、合理化をはかり、自己研鑽をはかり、人事のコア業務に時間を振り向けていただきたいと考えています。

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